読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

どーなつの連続性定理

1つ1つは発散しても最終的に収束したい/フランスのどーなつはふわふわしている

Que Sera, Sera

今週のお題「おとな」

ということで、さっき読んだ記事を思い出した。


イヤなことならすることないよ、好きなことでもやるのが大変なのに - 北沢かえるの働けば自由になる日記

先日のフランスにおけるテロの話についてなのだが、

はてブのいいところは、こういう事件があってわかりやすく背景を書いてくれるエントリがあがってきて勉強になるところだ)

ここで言及されていた、

 

相手の「変なところ」を、ことさらいじったりせず、よけいなコミュニケーションをしないこと。違う人の世界観にズケズケと割りこむんじゃなくて、そっと距離を取ること。そうしたことができることを、ぼくたちの社会では大人と呼んでいる。

いじめの直し方 - 電子書籍 名言まとめ

 (元記事の引用、の引用です)

これが本当にしっくりきた。

 

他人は他人で、自分は自分。

 

あと、似ているけど、自分の考えを他人に押し付けない、

というのも大人かなとおもう。

他人が自分が思ったように動いてくれなくても、腹をたてない。

予定が変わったって、いいじゃないか。

別に死ぬ訳じゃないしね?とででーんと構えていたい。

いちいち怒っているよりは、幸せになれる。

それに、このことは親になるためにも必要だと思う。

子どもが予期せぬことをしても、いちいち怒らない親になりたい。

子どもの身に危険が!ってなったらそれはもう全力でとめたいけど、

それ以外はまあ、なんとかなるさ、的な。

きっと夫婦関係も他人に期待しないでいれば、うまくいくのではないか?

相手が何をしても、まあ、死ぬ訳じゃないしね?って。

不倫とかはさすがに嫌だけどね…笑

相手を不幸にさせないで生きることも大事かな。

 

それができるのが「おとな」なのではないかな。

おとなじゃないと、夫婦も親子もうまくいかなさそう。

 

わたしはそれに気づけたのが一昨年くらいだった。

正確にいうと気づかされた、という感じだけど。

成人式を迎えて7年、ようやく大人に近づけている気がする。